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STAND UP STUDENTS Powered by 東京新聞

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いま、わたしたちのまわりで、
起きていること。

毎日の勉強や、遊びに恋愛、就活。普段の暮らしの中では見えてこないたくさんのできごと。環境のことや政治、経済のこと。友達の悩みも、将来への不安も。小さなことも大きなことも全部、きっと大切な、自分たちのこと。

確かなこと。信じること。納得すること。コミュニケーションや、意見の交換。
あたりまえの自由さ、権利。流れてきた情報に頼るのではなくて、自分たちの目で耳で、手で、足で、感動をつかんでいく。

東京新聞『STAND UP STUDENTS』は、これからの社会を生きる若者たちに寄り添い、明日へと立ち向かっていくためのウェブマガジンです。等身大の学生たちのリアルな声や、第一線で活躍する先輩たちの声を集めることで、少しでも、誰かの明日の、生きる知恵やヒントになりたい。

時代を見つめ、絶えずファクトチェックを続けてきた『新聞』というメディアだからこそ伝えられる、『いま』が、ここに集まります。

なんて言ったらいいんだろミーティング

第1部 レポート 公開日:2022年2月1日

2021年12月23日、渋谷 PARCO の9階にあるスタジオ GAKU(ガク)で行われた、STAND UP STUDENTS 主催の学生座談会「なんて言ったらいいんだろミーティング」。政治や環境問題など、思っていてもなかなか口に出せない社会のことや、日々の生活の中で思う小さな悩み、そして言葉にできないもやもやを持ち寄って、焚き火のように囲み、話し合うためのイベントです。会って話すことで、頭の中を整理したり、コロナ禍で感じる孤独や不安を払拭できればと思い開催しました。

クリエイティブの原点に出会える学び舎 GAKU の事務局長で、さまざまな学びのための『環境』や『場』をつくる熊井晃史さんによるファシリテーションによって、座談会は静かに、ゆっくりとはじまります。

緊急事態宣言などの影響で、募集から約1年を経て実現した「なんて言ったらいいんだろミーティング」。待ちに待った開催を喜びながらも、緊張した様子の5人の学生たちが、教室内の丸い大きなテーブルを囲みます。イメージしたのは焚き火。テーマを決めることなく、答えを導くわけでもなく、言葉にならない思いを少しずつテーブルに並べ、薪をくべるように話しはじめます。

まずは子どもから学生、そして教育関係者までさまざまな人たちに耳を傾け、いろいろな視点でものごとを見聞きしてきた熊井晃史さんから、今回のミーティングのコンセプトが伝えられます。

※ ファシリテーターを務める熊井晃史さんへのインタビューは STAND UP STUDENTS『先輩VOICE』に掲載中。

なんて言ったらいいんだろ
ミーティングのコンセプト

熊井:長いタイトルですけども、実は「なんて言ったらいいんだろ」というフレーズは若い世代の方々とお話をする中で、よく聞く言葉だったんです。そして、いつもそのスタイルが素敵だなと感じていました。というのも、自分の心の内と向き合いながら、他者との会話をどうやって豊かなものにできるだろうかという誠実さを感じるからです。それに、僕自身もそうありたい。何かを言い淀んだり、何回も言い直したり、ときには黙り込んだり。そういうことって、ひょっとしたら今の時代にあまり良いものとされていないかもしれません。すぱっと短くてかっこいい言葉を言えたほうが良いという空気感もありますよね。でも、言葉になる手前の思いやうまく言えないことの中にこそ、これからの可能性や未来があると思うんですよね。

なめらかに淀みなく喋れたり、すぐに共感を得られたりすることも大切かもしれませんが、奥深いところにあるものや未来の兆しのようなことを話し合う時間こそを大切にしたいと考えています。なので、「なんて言ったらいいんだろミーティング」では、「あー」「うー」「えーっと」とか、「なんかわからないんすけど」「なんとなく」とか、そういった言葉も大歓迎ですし、なんなら発言をしなくても頷くだけとか、首を横に振るだけとか、アイコンタクトだけでもうれしいなと思っています。

参加者のみなさんの紹介

  • 甲斐崎颯斗さん(22) HAYATO KAIZAKI

    募集がはじまった1年前にちょうど就活をしていた甲斐崎さん。就活を機に新聞を読む機会が増えたけれど、目に入るのは暗いニュースばかりで、考えれば考えるほど暗い気持ちに。自分と同じ世代の人たちは、この暗い社会に対してどう考えているのかが気になっての参加。

  • 日比楽那さん(21) RANA HIBI

    STAND UP STUDENTS にたびたび参加してくれている日比さん。同世代の人たちの意見が聞きたくて、若者に向けたさまざまなメディアを読み聞きするけれど、そこで得た共感や疑問を誰かと話せる機会がなかなか見つからず、参加。

  • 藤原紗羽さん(20) SAWA FUJIWARA

    姉の紹介で応募した藤原さん。とにかく誰かと話したいという、同じ目的の人たちが集まる場なので、友人と話しにくい社会的なトピックも気兼ねなく話せるいい機会だと思い参加。メディアとして信用を置いている東京新聞の主催だったというのも申し込むきっかけに。

  • 宮口綾華さん(20) AYAKA MIYAGUCHI

    まだ大学に入ったばかりで、とにかくいろんなことに挑戦したいと思っていた1年前。たまたま見た Instagram で知ったという宮口さん。同世代の人たちがどんなことを考えているのかを知りたい。大学だけの狭い世界の視野を広げたいという思いで勢いに身を任せて参加。

  • 森下瑛子さん(20) EIKO MORISHITA

    日頃から頭の中で社会についていろいろ考えてもやもやすることが多いという森下さん。そんなもやもやを「解決」するのではなく、もやもや自体を共有し合うというコンセプトに興味を持ち参加。言葉にできないというより、簡単に言葉にしてはいけないのだろうなと思うことが多く、その原因を探りたい。

同年代の友人と社会に対する
深い話ができる?できない?問題

自己紹介をしていく中で共通する悩みとして出てきたのは、政治のことや環境問題、身近な悩みや将来のこと、日頃から抱えてるやもやを話せる人が近くにいないという問題。相談できる人、話せる人がいるかいないか、それぞれに意見を聞いてみました。

宮口:同級生には政治の話ができないんですが、所属している学生団体の先輩にはできています。というのも「何か悩んでることない?」とか、先輩の方から聞いてくれるんです。相談すると「相談してくれてありがとう」って言ってくれるんです。それってすごく話しやすいし、私もそういう先輩になりたいなって思うようになりました。

日比:私は⋯中高一貫の学校に通ってたので、当時の同級生たちとは、子どもから大人になる過程というか⋯その段階で感じてきた社会に対する「違和感」を一緒に体験して、共感してきた感覚があるので、話せます。3歳下の弟にも話せるのも家庭という同じ環境にいるからかなぁと。大学に出てからで言うと、同じものをチームで一緒に作ったことがある関係とか、そういう人たちには話せる気がしています。

熊井:同じ環境で同じプロセスを共有している人とは話しやすいのかな?

甲斐崎:いやー⋯うーん⋯なんだろう⋯同じ環境でも自分だけが社会問題について語ってるって引かれそうって思っちゃいます。あんま触れたくないです⋯。仲の良い友達とは⋯楽しく過ごしたいし、今の関係のままがいいなと思ってるので。



藤原:私はえーっと⋯生きている以上みんな社会の一員のはずで、みんな社会という同じ空間にいるから、社会問題は天気の話みたいに共通の話題のはずなのに、気軽にできない話題なんですよね。それに、ニュースを見てると社会問題とか政治の問題ばっかりですごく目について、ストレスを感じるようになってしまい、いつしか、「ストレスになるくらいならニュースという情報をシャットアウトしちゃえばいいんじゃん」と思うように。でもそれじゃいけないのはわかってて、これは一体どうしたらいんだろうって思うことはあります。

じゃあ “なぜ” 話せないんだろう
話すと気まずいんだろう

日比:多分⋯なるべく怒らないように教育されてきたからかなと思います。バイトの賃金が安い、それがつらいって相談しても「私の方が安い」って言われて黙ってしまう。狭いアパートしか借りられず、自炊もできずに出費がかさむ。それも「工夫すればなんとかなる」「まだまだ恵まれている方だ」「努力が足りない」と言われる。でもそれは私の努力とかの前に、学生の労働力が下に見られていたり、東京に人口が過密しているせいで起きてる問題かもしれないのに、誰もそれに対して怒らない⋯。疑問や不安を抱いている人はきっといるはずだし、「おかしいよね」って一緒に怒ってもいいはずなのに、言いにくい感じがあるなと思います。



森下:これは自分が悪いのかもしれないんですけど⋯18歳になった時に選挙権の話をほんのちょっとさわりだけなんですけどクラスメイトにしたら「そういうの私わかんないんだよね」って避けられて⋯なぜか私は「ごめん」って⋯。その時から政治のことを口にするのは怖いって思うようになってしまったんですよね。でもSNS を見ると同世代の誰かが匿名で「選挙に行こう」って言ってるんですよね。渋谷を歩いてて「そういう人たちはどこにいるんだろう」って、不思議に思ってもやもやします⋯。

日比:それすごくわかります。選挙や事件があるたびに SNS が盛んになって「私も言いたいことがある」って思うんですが、うまく怒れないし⋯結局反応が怖くて黙ってしまうんですけど⋯でも「NO と言わないのは YES と同じ」っていうのもわかるし⋯でもそれを尊敬している人に言われるとしんどいというか⋯わかるからこそうまく返せなくて⋯。楽しみたくて SNS をはじめたのに、避けるようになってしまいました。だからって何も考えていないわけではないし、できることはやっているつもりで⋯。

藤原:「NO と言わないのは YES と同じ」っていう風潮は無理があるんじゃないかな。だって、すべての問題を知覚するのは難しいし、文句を言うだけなのも何か違うから。それに人それぞれ問題だと感じることも違うし、問題だと思う度合いも違うから、すべての社会問題に対して自分の姿勢を見せるのは無理があるんじゃないかなと思います。全部は無理だから、最近分業すればいいと思うようになりました。「私はこの問題に対して今取り組んでいるから、他は任せた!」って言えれば、お互いもっと頑張れるし、他の問題に対して積極的な関与をしなくても免罪符が得られるというか、ってこれ何の話してたんでしたっけ⋯? すみません⋯。

熊井:いや、話の脱線はウェルカムです(笑)。

意見を伝えるにはどうしたらいいの?


熊井:では「社会に物を申す」という発言をするために必要な資格や条件というものがあるのか。何かアクションを起こしてから発言をした方がいいのではないか。とはいえ、じゃあそのアクションとは何か?を考えると難しい。それに、大きな社会問題をそのままの大きさでいきなり行動するのはやっぱり難しい。とするならば、自分なりに考えたり、友人と話すというささやかな営みも大切かもしれない。ただ、学校も SNS も、そういったことができる場にはなっていないかもしれない。それにうまくいかないときに過剰に自分を責めてしまうこともある。じゃあどうする !? という状況なのかもしれませんね。その意味では、人知れず静かに何かをやっている方もいるかもしれません。

森下:そうなんですよ。私は言葉で意見を交わすよりも、ゆっくりと自分の頭の中を整理しながら文章にして伝えるほうが向いているなって思ってて⋯自己完結型というか。STAND UP STUDENTS の企画の『STUDENT NOTE』に参加させてもらって、自分の思いを文章にした時に、納得できたというか、意見は言えないけれど、書くことはできるかもって思ったんです。頭の中では「わー!」とか「ぎゃー!」とかなってても、私は意見をちゃんと整理してからスッと、おだやかに伝えたいなって。誰かに考えを対話で共有するのが怖いんですよね⋯そんな私がこの場に来て申し訳ないなって思ってはいるのですが⋯。




熊井:いやいや、いらしていただいてとてもうれしいです。そもそも対話ってなんでしょうね。対話にもいろいろとあると思うんですよね。上から目線なんて言葉もありますが、対話の関係に傾斜がついてしまうと、お説教や押し付けになってしまいますよね。形式上は対話だけども、実のところそれは対話的ではないということもあるかと思います。ちなみに、さっき怒りというキーワードも出ましたが、森下さんは怒ることってありますか?

森下:めちゃくちゃありますよ!

一同笑

森下:最近、足を怪我して松葉杖生活なんですが、移動するたびに松葉杖でパーンッパーンッて殴りたくなります(笑)。階段で急いでても前に進めなかったり、電車の中で座れなかったり、歩きタバコの煙をただ浴びたり⋯そのたびに声を大にして言いたくなるんですが、でもそれは私も、松葉杖生活をして初めて気づけたかもしれなくて⋯。



熊井:何かの拍子で、暮らしづらさや生きづらさを深く実感するときってありますよね。ほかのみなさんは怒ったりすることはありますか?

甲斐崎:あー⋯僕は怒るの苦手です。よく学校の授業でディベートとかもさせられるんですが、つらかったですねぇ⋯。意見を言うのは別にいいんですが、さらにその上からドーンと返されるのが苦手で⋯。

宮口:私は怒ったことないです。性格的に怒れないし、もし意見が違っても、それはその人が私に持っていない考えを持っているっていうだけのことなので、怒りたくないです。社会について友だちと話せないっていう悩みももちろんあるとは思うんですが、そもそも興味のベクトルって人それぞれ違うから、話せなくて当然かなと、私は聞いてて思いました。ダンスが好きな子に、ダンスの話を熱弁されても、踊らない人はわからないじゃないですか? それで「話せる相手がいない」って怒るのはベクトルが違うなって。なので、社会問題について「話せない」って嘆くんじゃなくて、話したいことがあるなら、私たちの方から話し方を考えていく必要はあるんじゃないかなと思います。私は、自分が伝えたいことがある時は、まず相手が何に興味を持っているのか聞くようにしています。

熊井:話すために聞くというのは、とても素敵ですね。そうしようと思うようになったきっかけとかはあるんですか?


宮口:中学の道徳の授業が好きで、先生が社会で実際に起こったことを事例に、答えの出ないいろんな問題提起をしてくれて、正解を出すことよりも、いろいろな視点があるべきだから自由に意見したほうがいいって教わったんですよね。私もそうありたいなって。だから今日のミーティングも、いろんな人の意見があるんだなって驚いてて、すごく楽しいです。でも私の場合⋯先生に恵まれてたっていうのもあるかもしれないんですが。



なりたい大人 / なりたくない大人

熊井:みなさんに聞きたいんだけれども、宮口さんの道徳の先生のように、尊敬できる人というか、こういう人になりたいなって思える人に出会えてますか? もしくは逆にこんな大人はイヤだなぁとか。

日比:特定の人っていうのはないんですが、楽しそうに生きている大人に会えると「こういう人になりたいな」って思います。自分たちの力で生きようとしてる人を見ると、いいなあって。



藤原:わかります!アクティブな大人に会うと勇気をもらえますよね! でも、イヤなのが「若い世代のみなさんがんばってくださいねー!」みたいに言う人たち。「お前たちが残した社会問題だろー?」って。地球温暖化とか、国債とか。「あとはよろしくー」じゃねーよ!って。

一同笑

日比:差別の問題でも、デリカシーのない発言をする大人が意外と多いと思います。私は私なりに勉強して理解しようとしていて、でも、もし私自身が当事者だったり、友人がそうだったらどう感じるだろうって発言をよく耳にします。そのたびに想像力が足りてないなって悲しくなります。




甲斐崎:わかります⋯いやぁ⋯いっぱいいますよねぇ⋯イヤな大人。でも最近はそういうのってあくまで一面だなって思うようになりました。例えばポイ捨てする大人がいて、それはダメだし、それで汚れる環境とか片付ける人がいるっていう想像力がないなって思ってムカつきますけど、その人の一面だけ見てその人自体をイヤと思うのは違うし、その人を「大人」とくくって否定することにはならないかなって。もしかしたら1週間くらい吸い殻を片手に一生懸命灰皿を探した結果かもしれないですし(笑)。高校生の時とかはいちいち怒ってましたけど、いまは寝たら忘れるし、就活もあったのでもっと考えないといけない問題が近くにあって⋯。

熊井:甲斐崎さんが考えないといけないと思う問題っていうのは?

甲斐崎:うーん⋯あくまで自分が訪れた地域の問題なんですが、パレスチナの紛争や東南アジアの農村の貧困、佐渡島の過疎化の問題とか⋯もちろん他にもいろいろな問題があるので、自分の就職先も、そういう社会問題を少しでも解決できるような企業がいいなって思ったんですが、そういうところってないから、せめて少しでも幅広くたくさんの問題に関われる仕事がいいなって思っています。

就活ではどんなことを考える?

熊井:これを機にみんなに聞けたらと思うんだけれど、就活に関してはどう思いますか?

森下:私は卒業後にやりたいことがあるので、就活をする気がなくて⋯でも、大学の講義に「就活の方法を学ぶ」というのがあって、それは必須科目なので出なくてはいけなくて、それがとても苦しかったんですよ。「人としてこうあるべき」だと言われてるみたいで。どうして新卒一括採用ばかりが重視されて、他の選択肢を選んでる人たちが我慢しないといけないのかなって。いろいろな選択肢があるっていう講義を必須にすればいいのに。

宮口:正直まだわからないことだらけで、何したらいいのか決めれないです。残り1年半で人生を決めないといけないって言われてるなっていう感じはしています。自分の好きなことをしたいって思ってはいるけれど、それが本当に好きなことなのか?って悩むと思うんです。それに固執してると機会を失うなって思ったり。

熊井:どんな会社に行きたいというイメージはあるんですか? 例えば社会問題を解決するような会社に行ってみたいとか?

宮口:なんか正直⋯私、みんなの話を聞いてて、社会問題とか、そういうのに対してこんなに意識が高いんだなってびっくりしてて⋯。私はそんなに社会をこう変えたいとか、貧困をなくしたいって思ったことなくて。もちろんそういうの考えた時期もあったんですけど、私にできることって微弱じゃないかなって。




もっと身近にやらなくてはいけないことがあるような気がするんですよね。なんでパレスチナの問題とか地球の問題が身近に感じられるんですか? 結構遠いし大きいですよね? そこをすごく聞きたいと思っていました。

甲斐崎:そもそも自分一人の力で、何かを変えられるなんて思ってないし、絶対無理だと思ってるから⋯なんだろう⋯だから、知らない人に伝えて、その人が知ることで考える人が増えればいいなって。

熊井:その場合、宮口さんが言ってた距離のことはどう考えますか? 遠い国の問題だなって思いますか?それとも心的に近いなって感じます?

甲斐崎:実際にちょっとだけパレスチナに行って見てきたんですよね⋯。チケットが安かったんで⋯。

一同:えー!




甲斐崎:もちろんだからって変えられるとは思わないし、伝えたところで変わらないかもなって思うくらいでした。でもせめて少しくらい知ってほしいと思いました。

藤原:変えられると思えるところは変えていくっていう気持ちが大事なんじゃないかなぁって私は思います。

宮口:私にない感覚の話で、すごくおもしろいなって思って聞いてたんですけど、もう1つ聞いてみたいって思ったのは、社会問題に向き合うってある種「自己犠牲」なわけじゃないですか? すぐそばには社会のことなんて考えずに人生を全部「楽しいこと」で埋めたいって思う人もいて。それで人生が終わるわけではないとは思うんですが、どういう風にモチベーションを保っているんですか?

藤原:確かに悩むよ。社会問題に人生の比重を置くのは私も自己犠牲的だと感じているけれど、1%とかでもやるべきだと思うんですよね。ラクしたいなって思う私もたまにいて⋯まぁそれはただの怠慢なんですけど⋯。インフラでも教育でも選挙権でも、今あるものは何でも自分たちより前の世代が作ってくれたもの。その過去の誰かの自己犠牲の恩恵を享受して今を生きる私たちは、じゃあ、次の世代のために何を促進して、維持して、やめるかを考えて、実現に向けて自分なりに行動するのは当然なんじゃないかな。何もしないっていうのはある種のフリーライダーともいえるしね。社会問題の解決のために1人じゃ何もできないかもしれないけれど、自分以外に、せめて何%かでも社会の行く末とかを考えて動いてくれる人が増えれば、社会って良くなっていくんじゃないかな。

もやもやの火が照らす未来

熊井:うん。よくわからないけども大切な気がすることってたくさんありますよね。この社会に対して違和感や思うところがあって、それを感じた以上、何かしらより良くしたいとも考える。そこまではみなさんに共通している気がします。それに対して、自分の時間や気持ちを捧げる形での直接的なアプローチもあるだろうし、楽しくやっているうちに気づいたら思わぬうちにという間接的なアプローチもあるだろうし、スタンスはいろいろとありそうです。それに、そのスタンスの揺れ動きもあるからこその「んー」もあるかと思います。うまく喋れないから喋らない。わからないから話を聞かない。もし、人がそうなってしまったら、そんな社会はちょっと怖い。だからこそ葛藤がある状態はごく自然なことだし、それが社会のエネルギーでもあるような気もしました。さて、ここまであっという間の2時間でしたが今どんな気持ちです?

藤原:やっぱりなんか今日は、友だちに気を使いながら話をするっていうのと違って、初めて会った人たちだからこその深い話ができてよかったです。私って⋯今日もですが、どうしても話しすぎちゃうんだけれど、本当は人の話を聞くのも好きなんで、今日みたいに人の話をゆっくり聞けたのはよかったなって思っています。熊井さんみたいに上手に聞いてくれる人の存在も、とても安心できました。

宮口:私は自分と違う意見をたくさん聞けて楽しかったです。今回は社会のこととか、大きな問題を語った気がするんですが、個人的にみんなに聞きたい話がたくさんありすぎて、2時間では全然足りなかったです。なぜ甲斐崎さんがパレスチナを選んだのかとか、なぜ森下さんが足を骨折してるのかとか、すごく気になってます(笑)。

森下:いつも考えてることってシャボン玉みたいにふくらんでは消えてって感じで、ハイスピードで動いてたんですけれど、今回は久しぶりに思う存分、自分の頭を目に見えない思考の温泉にゆっくり浸からせているなって感じがしました。「もやもや」は残ってはいますが、誰かと一緒にじっくり考えるって大事だなって改めて思いました。




日比:今日すっごく久しぶりにワクワクして家を出たんです。で、緊張しながらはじまったなって思ったんですが、あっという間に時間が過ぎてしまって⋯全然足りなかったです。しかも来た時よりももやもやが膨らんで帰るっていう⋯。実はもっといろんな人と話したいんだなって、思いました。

甲斐崎:よく考えると、2時間も話をして、何一つ答えがない出ないって、冷静に考えたらすげー集まりだったなって思って⋯。いつもなら、答えありきでみんななんとなく話したり大人が諭すけれど、ただ思ってることをなんとなく哲学的に言葉にしてみるっていうのは、不思議な体験だったなって思います⋯。いい意味で楽しかったしうれしかったです(笑)。

日比:なんなんですかこのミーティング⋯めちゃめちゃもやもやするじゃないですかぁ⋯。

一同笑

熊井:あははは。確かに、行く先の見えない散歩や寄り道のような時間でしたよね。でも、スッキリして終わらせてしまうことよりも、もやもやを大切にして、それとちゃんと付き合い続けることも重要なんじゃなかろうかとも思っています。焚き火のような話し合いという言い回しも出ましたが、みんなでまた、もやもやの炎に薪をくべられたら最高です。それにそんな会話が社会のなかで育まれたらとてもうれしいです。


第2部のレポートは こちら から
写真:東海林広太


※消毒や換気など感染対策を行った上で実施し、参加者は撮影時のみマスクを外しました。


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熊井晃史
AKIFUMI KUMAI
GAKU 事務局長。ギャラリー・とをが共同主宰。NPO法人東京学芸大こども未来研究所・教育支援フェロー。NPO法人CANVASプロデューサーと同時に、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科・研究員、青山学院大学社会情報学部ワークショップデザイナー育成プログラム・オンライン講座講師を兼務し、2017年に独立。以来、子ども・街・遊びなどをキーワードに、様々なプロジェクトの企画立案・運営を務める。

渋谷 PARCO・GAKU 
https://gaku.school

熊井晃史 ウェブサイト
https://hakusuisui.org/

ギャラリーとをが
https://towoga.org

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