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STAND UP STUDENTS Powered by 東京新聞

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いま、わたしたちのまわりで、
起きていること。

毎日の勉強や、遊びに恋愛、就活。普段の暮らしの中では見えてこないたくさんのできごと。環境のことや政治、経済のこと。友達の悩みも、将来への不安も。小さなことも大きなことも全部、きっと大切な、自分たちのこと。

確かなこと。信じること。納得すること。コミュニケーションや、意見の交換。
あたりまえの自由さ、権利。流れてきた情報に頼るのではなくて、自分たちの目で耳で、手で、足で、感動をつかんでいく。

東京新聞『STAND UP STUDENTS』は、これからの社会を生きる若者たちに寄り添い、明日へと立ち向かっていくためのウェブマガジンです。等身大の学生たちのリアルな声や、第一線で活躍する先輩たちの声を集めることで、少しでも、誰かの明日の、生きる知恵やヒントになりたい。

時代を見つめ、絶えずファクトチェックを続けてきた『新聞』というメディアだからこそ伝えられる、『いま』が、ここに集まります。

先輩VOICE

02
熊井晃史
AKIFUMI KUMAI

産官学連携で、子どもたちの可能性が発揮される創造的な学びの環境を提供する NPO 法人 CANVAS で長年プロデューサーを務め、2017年に独立。現在は、武蔵小金井に『とをが』という子どもたちの居場所を作り、東京学芸大こども未来研究所の教育支援フェローを兼務しながら、さまざまな学びのための『環境』や『場』をつくるプロジェクトの企画・運営をするクリエイティブディレクターとして幅広く活躍する熊井晃史さん。1つの分野に専門性を持ちながらも、肩書きに縛られることなく、社会における『いい環境作り』を目指す熊井さんにニュースのこと新聞のこと、社会とのこと、聞いてみました。

普段のお仕事は
何をされているのですか?

なかなか1つの肩書きでは語れないのですが、キーワードとしては、『子ども』『町』『遊び』『学び』です。学校の授業づくりに関わることもありつつ、『町が面白いことが良い学びにつながるよね』と考えています。それって要は、子どもたちの体験を考えるためには、子どものことだけじゃなくて、大人がいきいきとしている状況を考える必要があるということなんです。いきいきのびのびとしている人の背中を見たり、眼差しを感じたりする。思いもよらない発見がある。そんなことが、そもそもの町の魅力であるはずですし、そこにも『学び』が宿っている。そんな気持ちで日々活動をしていたら、いわゆる教育という仕事からどんどん領域が広がっていって、ワークショップを企画・運営したり、子どもたちや10代向けのスペース作りをしたりする一方で、いろんな企業の新規事業やサービス開発にも関わることになってきた、という感じです。

ここ『とをが』は、図工の先生や保育士の方などの教育関係者の仲間たちと、理想的な拠点を持ちたいという想いで始めました。築60年くらいの商店の2階を、大工さんや建築家の友人たちの手も借りながら、DIY でリノベーションしました。子供たちが創造活動をするアトリエを中心にしながら、ギャラリーやショップとしても展開していってます。

プロデューサーと呼ばれるような仕事ですか?

そうですね…『何をすべきか』というコンセプトを立案し、その案を『どのように実行すべきか』という計画に落とし込み、その計画を『どう継続させるか』という構想を持ちながら進行させていく、といった感じなんですが、僕一人のスキルやパワーだともちろん限界があるので、プロジェクトごとに専門性の高い方々に集まっていただくことが多いです。最近ですと、とある地域のローカルメディアをコンセプトから考えて、完成したら実際に自分たちで町を巡って配布もしましたし、必要であれば、自分でチラシをデザインしたり、WEBサイトを作ったり、編集をしたりと、なんだかなんでもしていますね。だから、名刺に肩書きが書けないんですよね。プランナーだったり、ディレクターだったり、編集もしたりで。

印象的なお仕事はありますか?

たくさんあるんですが、まず足元の環境がより楽しくなったらいいなと願っていまして、その意味では、『小金井まちあそび』という、地域の大学や地元の方々のご協力により実現したイベントが凄かったです。畑を舞台に、ヤギさんが来てくれたり、アーティストさんの作品が飾られたり、カフェができたり、子どもたちが本格的な小屋を作ったり。老若男女が集まって、子たちも泥だらけになって遊んだりして、『ああ、こういう風景をもっとたくさん見たいなあ』と心から思いました。

そんな熊井さんはどんな方法でニュースをキャッチしていますか?

プロジェクトごとでは必要に応じて SNS の発信をしているんですが、僕自身はまともに SNS やってないんですよ。気になってる人だけフォローしてまとめ見するためのアカウントは持ってるんですけど、毎日のように見ている媒体っていうのはなくて、ほんと、まとめ読みです。細かくチェックするよりも、時間ができた時に一気に見て、気になったことをしっかり時間かけて掘り下げるのが好きなんですよね。

仕事の分野に関わる情報はどう入手していますか?

本をたくさん読むようにしています。それに、一次情報が大事だと思っているので、『人と会って話す』を大切にしています。そうすると、本を読んだりして得ていた情報や知識が腹落ちしたり、もやもやと考えたりしていたことが、なんとなく鮮明に見えてきたりしますよね。それに、知らなかったことを知ることができたりと、自分の中での検索ワードが増えていくのも楽しいですね。その上で、もちろんインターネットも使ってます。

新聞は読みますか?

あのですね、このインタビューだから言うわけではないんですけど、実は新聞好きなんですよ。子どもの頃から実家を出るまで、毎朝、読んでました。特に読書が好きだったので、実際に新聞の書評欄を参考にして本を買うことが多かったですね。実家を出てからは時間もお金も限られているので、気になるニュースがあった時にコンビニで買ったり、大事だと思った記事はスクラップもしてましたよ。新聞って結構アバンギャルドな情報も載ってるんですよね。『世の中で起こってる新しい現象』をちゃんと取材してフックアップしてくれている。しかもそのフックアップが早かったり、尖っていたりするんですよね。取材という形でイノベーションにちゃんと向き合ってる。まだ名前が付いてない現象も追ったりしてますよね。新聞記者ってものすごいアンテナの感度と、足で、一次情報をいち早くキャッチしてるんだなって思いますし、そうであり続けてほしいです。

僕が学生の頃、悶々としていた時期、新聞を読み込んでいたのは、そういう『新しさ』に出会いたかったからなのかもしれません。特に東京新聞は僕でも「え?そんなところまで取材に行ってるの?」っていうローカルな教育の現場にちゃんと潜入してるので、地方紙としての強さを感じました。僕も日々感じているんですが、意外に足元に新しくてワクワクする活動がたくさんあるんですよね。それでいうとインターネットの方が少し遅いという感じがしますね。

新聞よりもインターネットの方が遅いというのは意外な気がします。

ああ、もちろんインターネットや SNS は手軽な分、情報が出てくるのは早いと思うんですけど、それを受け取りやすいように整えたり、批評を与えたりするのは、時間がかかりますよね。その視点で比べると、新聞は早いメディアなのかも、と。要は、情報の精度を高めようとする、推敲や校正、編成などの新聞が持っている組織の力というのは、やっぱりすごいんじゃないか、ということなのかなあと思います。それでいうと、インターネットか紙かという比較よりも、そういう組織プレーをずっと構築してきた歴史が、すごいことだなあと思います。

学生だけではなく『新聞』は難しいと思う人が多いですが、それに対してはどう思いますか? 新聞を読む=『意識高い系』と揶揄される学生もいるみたいで。

『血湧き肉躍る』って言い方がありますけど、自分の心の底から湧き上がる疑問とか、不満とか、喜びとか、もしそういう気持ちを感じて行動することが、揶揄されてしまうことがあるとしたら、『のびのびしているあなたが嫉妬されているだけ!』と言いたくなりますね。『意識高い系』ってすごい言葉ですよね。『系』で一緒くたにする感じも。ただ、まあ、誰かの言葉を安易に借りてきて、さも自分の理想や夢のように語って自己満足してしまうような時期もあるかと思います。僕もあったし。でも、そういうのだったら早めに卒業した方が良い。そのためにも、『新聞を読もう、町に出よう』と言っていいかもしれませんね。

そもそも、難しいから、わからないからダメっていう考えはやばいですよ。現実って、いろいろ複雑で、その複雑さをそのままにまずは受け取れるようにするのが、学びの成果なんじゃないかなと思います。じゃないと、あっさりと、簡単でわかりやすいものにだまされちゃいそう。意識、高くていいじゃないですか。それに、新聞を難しく感じてもいいんだと思います。町もそうだし、当たり前なんですが、他人がいるじゃないですか。話もそんなに合わなそうなレベルで、安易に人柄を想像できない感じの…。そういうリアリティを感じていたいんですよね。新聞も開けば、親しみやすい4コマ漫画もあるけど、なじみのない情報も、一緒に載っている。それってなんか町っぽくないですか。だから、町を散歩するような感覚で、新聞の紙面も目を泳がせてみたらいいのではないでしょうか。『分からなくても楽しい』っていうのもあると思うんで。

それに、ボキャブラリーが増えたり慣れてきたら、町歩きと一緒で、新聞も土地勘のようなものが出てくるはずです。話の合わなそうな他人も、実は同じ趣味があったり、みたいなことが分かってくるはずです。難しいことでも飛び込んでいく勇気って大切ですよね。やっぱり、きちんと吟味された情報にきちんと慣れていかないと、インスタントな情報が美味しく感じちゃうようになっちゃう気がするんで、その点、新聞を読むことで、味覚を鍛えるみたいなことができるんじゃないでしょうか。

東京新聞に対してどういうイメージや期待がありますか?

地方新聞という形でありつつ、文化から政治まで幅広く、全国各地のことや国際的な話を取り上げるのはすごくいいですよね。記者の方々の顔が見えてくる感じも好きです。東京という冠が付いている分、この東西に広い東京の様々な地域で起こっていることをもっともっと取り上げていってもらいたいなとも感じています。あと、新聞って、その配達方法も含めた一つのプロジェクトじゃないですか。配達員の方々って、すんごい地域の道に詳しかったり、地域の情報に詳しかったり、毎日同じ時間帯に同じ道を走るという行為そのものも、なんか貴重でありがたい感じがしますよね。だから、配達員の方による超ローカルな記事とかも読んでみたくなっちゃたりして。高齢化が進んでいくこれからの日本の地域社会で、見守りなども含めて『新聞を届ける』以外のいろんな役割を担っていく存在であるような気もしています。

学生に伝えたいことはありますか?

うーん。仕事柄、学生と出会うことが多いんですが、みんな昔の僕より確実にしっかりなさってますよね…。すごいなあと思います。一方で、どんな時代でも『どう生きていこうか』って考える時期ですよね。だからこそ、なんかわからないけどワクワクするとか、良い予感がするとか、そういう感覚を大切にしていくといいのでは、と感じています。今わかる範囲での『役に立つ』は、今、予想がつく範囲だけの話ですよね。若いうちに、得するとかためになるとかだけでなくて、そういう予感を大切にして人や情報と付き合っていくことも大切なんじゃないかと思います。そもそも、『あいつと関係しておくと将来役に立つに違いない』って人と友達にあまりなりたくない…。

本当に大切な学びって、狙って作るというよりも、時間が経って後で振り返ってわかることが多いと思うんです。そういうのを『発酵型の学び』って、僕は呼んだりするんですが、もちろん発酵ですから、寝かしておいたら美味しくなったりもするけど、時に腐ったりもするわけです。でも、そういう学びこそ、本当の意味で『役に立つ』のではないかなと感じています。知識や情報を詰め込むだけの学びが『銀行型の学び』と呼ばれたりもしますが、ATMみたいにボタンを押せば役に立つものがすぐ出てくるんなんて、なんかつまらないじゃないですか。僕自身、学生時代に考えていたことや感じ取ってきたことが、10年以上経って仕事でとても生かされています。でも、当時はどう役に立つかなんて想像できなかったです。そういう感覚でいうと、今すぐ役に立てようとして新聞を読むというよりも、いつか何かに発酵するかもしれないという希望の中で、新聞を読むというスタンスが広がってもいいのかもなあと思います。

熊井晃史
AKIFUMI KUMAI
ギャラリー・とをが共同主宰。NPO法人東京学芸大こども未来研究所・教育支援フェロー。NPO法人CANVASプロデューサーと同時に、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科・研究員、青山学院大学社会情報学部ワークショップデザイナー育成プログラム・オンライン講座講師を兼務し、2017年に独立。以来、子ども・街・遊びなどをキーワードに、様々なプロジェクトの企画立案・運営を務める。

熊井晃史 ウェブサイト
http://hakusuisui.org/

ギャラリーとをが
http://towoga.org

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