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いま、わたしたちのまわりで、
起きていること。

毎日の勉強や、遊びに恋愛、就活。普段の暮らしの中では見えてこないたくさんのできごと。環境のことや政治、経済のこと。友達の悩みも、将来への不安も。小さなことも大きなことも全部、きっと大切な、自分たちのこと。

確かなこと。信じること。納得すること。コミュニケーションや、意見の交換。
あたりまえの自由さ、権利。流れてきた情報に頼るのではなくて、自分たちの目で耳で、手で、足で、感動をつかんでいく。

東京新聞『STAND UP STUDENTS』は、これからの社会を生きる若者たちに寄り添い、明日へと立ち向かっていくためのウェブマガジンです。等身大の学生たちのリアルな声や、第一線で活躍する先輩たちの声を集めることで、少しでも、誰かの明日の、生きる知恵やヒントになりたい。

時代を見つめ、絶えずファクトチェックを続けてきた『新聞』というメディアだからこそ伝えられる、『いま』が、ここに集まります。

STUDENT NOTE

13
F. N.

小さな声に耳を傾け、社会のこと、これからのこと、身近なことを一緒になって考えていくために、学生が書いたエッセイを『STUDENT NOTE』としてお届けしています。

日々の暮らしの中で思ったこと。SNS やニュースを通じて感じたこと。家族や友人と話して気づいたこと。もやもやしたままのこと。同世代の学生が綴る言葉が、誰かと意見を交わしたり、考えたりする<きっかけ>になればと思っています。

第13回は、大学院での研究を通じて目の当たりにした、『大学院生』が抱える問題と、過酷な現状について考えをめぐらす F. N. さんのエッセイです。

大学院生の過酷な現状
研究は「ボランティア」なのか

文:F. N.
絵:春日井さゆり

例えば、18歳で大学に入学するとして、学部を卒業するのが22歳、修士課程に進んで24歳、博士課程を最短で終えれば27歳。文系博士なら5年はかかる。「博士号」という称号を手にしたときには、既に20代のほとんどは終わっている計算だ。もはや「若者」としてくくられるのにも若干の抵抗感が出てくる年頃かもしれない。 

だが、何よりも「抵抗」を感じるのは、20代のほとんどを安定した収入もなく暮らすこと、そして、博士号を取得してもその先に待っているのは任期付きポストのみという、日本の大学院生・研究者をめぐる過酷な現状に対してである。 


技能実習生の問題に触れて、外国人をめぐる日本社会の問題に興味を持った私は、大学院に進学した。そこで、同期や先輩と初めて顔合わせをしたとき、「修士課程のその後」について聞かれたのを覚えている。「就職」と答える人が多いなかで、何人かは「進学」と答えた。私もその1人だった。

今思えば、そのときの私は、ただ純粋な夢だけを抱いていたんだと思う。大学院での研究テーマは、外国人集住地域における摩擦や衝突の実態を記述し、「共生社会」の条件を明らかにすること。日本に住む外国籍者は300万人に近い(*1)。外国人居住者がこれからますます増えるなかで、地域社会はどのような問題を抱えるのか。外国人が地域社会に、そして日本社会に包摂・統合されるためには何が必要か。日本が直面する喫緊の課題を解決するために、少しでも役に立ちたいという思いが、私の原動力だった。 

数か月して、授業でとある博士課程の先輩と仲良くなった。たくさんの知識があるのはもちろんのこと、研究者のみならず教育者としても尊敬できる人だった。ところが、既に博士課程の在籍年数上限(6年)に達して、除籍となっているらしい。こんなに優秀な人がどうして――。不思議で仕方なかった。 

不躾ながらその理由を聞くと、先輩は苦笑いしながら答えた。 

「自分の研究がなかなか進まなくて」 

「どうしてですか?」 

「非常勤講師の仕事とか、TA(ティーチングアシスタント)の仕事がたくさんあってね」 

聞いてみると、非常勤講師や TA の仕事は月給2~3万円が相場らしい。当然それだけでは暮らしていけないから、都内近郊のいくつもの大学で、授業を掛け持ちする。収入がなければ生活はできないのだから、研究の時間が減るのも無理はない。 

「学振(*2)っていう制度もあるんだけどね」と先輩は続ける。

「研究奨励金として月20万円がもらえるんだけど、なかなか採用率が厳しくて。狭き門だから、僕みたいにTAとか非常勤で食いつなぐ人がほとんど」 

そう言う先輩の声は不自然に明るかった。熱心に夢を語った私に対する、彼なりの優しさだったのかもしれない。 

晴れて、博士号を取得できたとしても、険しい道は終わらないという。任期付きの職をいくつか経験した後に、正規雇用に移行できるのは一部で、少なくない研究者が非正規雇用の職を転々とする。人によっては生涯非正規雇用として働くこともある。事実、文部科学省の2018年度調査によれば、そうしたポストドクターの平均年齢は37.5歳で、年々上昇傾向にあるという(*3)。さらに、外国籍者や女性にとって、事態はさらに厳しい。

「選択と集中」によって、大学の運営費は減少傾向だ。若手研究員のための常勤ポストが減らされ、代わりに任期付きの職が増えている。2023年3月で任期を終える大量の研究者が、雇い止めの危機にあるというニュースもある(*4)。

短絡的な業績主義に飛びついたばかりに、若手は大学の調整弁にされ、使い捨てられているのだ。それでいて政府は研究力低下を嘆いているのだから、言っていることとやっていることが、まるでちぐはぐである。


いわゆる高学歴ワーキングプアをめぐる記事に対して、SNSでは「自己責任」という言葉があふれる。「大学にポストがないことなんて最初からわかっていたはず」「考えが甘い」「役に立たない研究をしているからだ」。そうした言葉に出会うとき、気管が締め付けられるような思いがする。知らぬ間に呼吸が浅くなり、心拍数が上がる。 

家族や友人は「やってみないと分からないよ」と私を励ましてくれる。その度に、将来の心配よりも目の前の研究に没頭しようと自分を奮い立たせてきた。だが、それでもなお、私のなかで何かが少しずつ崩れていく。まるで、社会から「あなたに未来はない」と言われているような感覚がする。 

困っている人を助けたい。誰もが安心して暮らせる社会にしたい。そういった志を持って、「金のかかる」「収入の見込みのない」「不安定な」道に進むことが「自己責任」であるならば、この国の「研究」とは、「個人のボランティア」のことを指すのかもしれない。 

そうした国に未来があるのか、私は問いたい。研究が、研究に従事する者が、研究に従事することを志す者が、正当に評価されない社会で、私の魂は窮迫した叫び声をあげる。だが、それは決して個人的なものではない。この国の未来そのものの叫び声である。

*1 ⋯ 2021年6月末時点で、在留外国人数は296万1969人。出入国管理庁,2021,「在留外国人統計 国籍・地域別 在留資格(在留目的)別 在留外国人」(2023年2月28日確認)

*2 ⋯ *『日本学術振興会(学振)』が若手研究員を支援する制度。特別研究員に選ばれれば、月額20万円の研究奨励金が受け取れる。競争率が高く、例えば、研究区分「社会科学」の今年度の採用率は博士課程1年目の学生で16.5%である。ただし、採用期間は最長で3年間で、さらに修士課程の学生は応募することができない。 

*3 ⋯ 治部眞里・星野利彦・文部科学省科学技術・学術政策局人材政策課,2021,「ポストドクター等の雇用・進路に関する調査(2018年度実績)」(2023年2月28日確認)

*4 ⋯ 東京新聞,2022,「国公立大や公的機関の研究者 来年3月に約3000人が大量雇い止め危機 岐路の『科学立国』」東京新聞 Tokyo Web(2023年2月28日確認)

2023年2月28日

※ エッセイへのご感想やご意見がありましたら STAND UP STUDENTS の公式インスタグラム へ DM でお送りくだくか、匿名でも投稿できるフォームにお送りください。STAND UP STUDENTS では、今後も、学生たちがさまざまな視点で意見や考えを交換し合える場や機会を用意していきます。お気軽にご参加ください。

F. N.
1998年生まれ。現在は大学院で移民研究を行う。学部在学中、ベトナムでの国際交流プログラムに参加したことをきっかけに、技能実習生の問題に関心を持つ。卒業論文のテーマは「日本社会における技能実習生の社会的意味の構築」。小説家、エッセイストとしても活動中。

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イラスト:春日井さゆり
https://www.instagram.com/sayuri122/

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