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STAND UP STUDENTS Powered by 東京新聞

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いま、わたしたちのまわりで、
起きていること。

毎日の勉強や、遊びに恋愛、就活。普段の暮らしの中では見えてこないたくさんのできごと。環境のことや政治、経済のこと。友達の悩みも、将来への不安も。小さなことも大きなことも全部、きっと大切な、自分たちのこと。

確かなこと。信じること。納得すること。コミュニケーションや、意見の交換。
あたりまえの自由さ、権利。流れてきた情報に頼るのではなくて、自分たちの目で耳で、手で、足で、感動をつかんでいく。

東京新聞『STAND UP STUDENTS』は、これからの社会を生きる若者たちに寄り添い、明日へと立ち向かっていくためのウェブマガジンです。等身大の学生たちのリアルな声や、第一線で活躍する先輩たちの声を集めることで、少しでも、誰かの明日の、生きる知恵やヒントになりたい。

時代を見つめ、絶えずファクトチェックを続けてきた『新聞』というメディアだからこそ伝えられる、『いま』が、ここに集まります。

STUDENT NOTE

18
皐月はなえ
Hanae Satsuki

小さな声に耳を傾け、社会のこと、これからのこと、身近なことを一緒になって考えていくために、学生が書いたエッセイを『STUDENT NOTE』としてお届けしています。

日々の暮らしの中で思ったこと。SNS やニュースを通じて感じたこと。家族や友人と話して気づいたこと。もやもやしたままのこと。同世代の学生が綴る言葉が、誰かと意見を交わしたり、考えたりする<きっかけ>になればと思っています。

第18回は、海外で実際に体験したアジア人への差別や、語学学校での多国籍な交流を通じて、日本人としてのアイデンティティや差別問題について考えるきっかけを得た皐月はなえさんによるエッセイです。

見た目<内面の不等式

文・皐月はなえ
絵・たざきたかなり


私がはじめて人種差別を経験したのは、去年の春ごろ、友人に会いにポーランドを訪れたときだった。日が傾きかけたころ、向こう側の歩道を歩いていた男性が、嘲笑とともに私に向けて目をつり上げるジェスチャーを送ってきた。一瞬なにをされたのかわからなかったけれど、今思い返せばアジア系の顔立ちを馬鹿にする典型的なジェスチャーである。

この経験は、鈍いナイフでケガを負ったときのようにじわじわと私の心を蝕んだ。部屋に戻っても、ふとした瞬間に彼の映像が引き起こされ、その日は寝つくのに時間がかかった。

…というこの書き出しが、私の海外経験のすべてではなく、実際にはアジア系の見た目、特に「日本人だ」と明かしたときには相手からむしろ好意的な反応が返ってくることが多かった。その笑顔は、私がかつて受けた人種差別による傷を優しく癒してくれた。このとき、私を肯定してくれた彼らの存在がなかったら、今こうして思い出したくもない経験を文章化する勇気などなかったことだろう。みんな、ありがとう。

差別のあり方は自分の周りを取り囲む環境によって変わる。差別問題も人間関係の一部であるから、常に相対的で変動的なものだ。まして自分の中に隠れている差別感情など、他者からの指摘以外に気付ける術がない。


私の場合、無意識の差別に気づかせてくれたその他者とは、とある動画の投稿者だった。

その動画は「視聴者が言われた海外での嫌味な発言に対し、英語の堪能な動画投稿者が英語に苦手意識のある視聴者に代わってばしっと英語で言い返す」といった内容で、そこでは視聴者から「海外で中国人に見間違えられて腹が立ったので英語で言い返したい」という日本人からの依頼が数多く寄せられていた。私自身ひやっとしたのは、そのような依頼の多さに嫌気をさした動画投稿者から「日本人じゃなく見られるのが嫌なんですか?それだったらアメリカ人に見間違えられても同じように腹が立ちますか?」と問われたときだった。

ひやっとした時点で、私はどこかそうした視聴者と同じ感覚を持っていたのだろう。見た目に基づき差別されることもあれば、見た目を理由に差別してしまうこと、自分自身がその当事者になり得ることもある。当たり前の事実ではあるが、差別をどこか遠い言葉のように捉えていた私にとって、貴重な学びであった。

私たちは必要以上に見た目に基づき相手を判断してしまう。

これは、目の前にあふれる膨大な情報を処理するために、脳が勝手にその見た目に紐づく性格を予測してしまうからだと心理学の授業で学んだ。面と向き合って話す機会のない相手だったらなおさらである。このような場合、それは差別というよりもっと身近な「偏見」として、すぐそこに存在している。

ハリウッド黄金期を代表する女優マリリン・モンローは、「ダム・ブロンド(賢くはないが性的魅力をもつ金髪女性)」の見た目にその身を包んだが、それこそが彼女の悩みの種となった。世間一般のイメージを脱いだ彼女はかなりの頭脳派で、自分と世間が求める役柄の乖離に苦しんでいたと伝え聞く。

確かに見た目は私たちの一部である。しかし間違ってもすべてではない。


書いていて非常に陳腐な言葉だと思うが、見た目優位な世界の中で、私たちは中身ある人間にならなければならないと思う。その上で、アイデンティティというものについても考えたい。アイデンティティとはその人の見た目で測れるものではなく、内面にこそ表れるものである。しかし私を含む若い世代の間で、日本人としてのアイデンティティが空洞化している、つまり内面が空っぽであるように感じられるのだ。

私はしばらくアイルランドにいたが、そこで出会うアイルランド人は自国の歴史・文化・政治などあらゆることを自分の言葉で語ってくれた。アイルランドは隣国イギリスからの圧政に苦しんできた国の1つであり、特にアイルランドの近現代史はイギリスへの抵抗の歴史であるといっても過言ではない。彼らがアイルランドにまつわるたくさんの情報をくれたのは、その反動かもしれないと思う。自国に対し誇りを持っている人が多い印象である。

ただ、これはアイルランド人だけではない。

アイルランドで出会った他の国籍の人も、その国について1聞いたら10話してくれる人ばかりだった。歴史は暗記するもの、文化は現代のものしか精通していない、政治は頭でっかちの人が話す話題、という常識の中で育った私にとっては、それがひどく衝撃的だった。

アイルランドでは語学学校に通っていた。

生徒の入れ替わり激しい語学学校であるが、その時期は特に多国籍なクラスで、しかも日本人が占める割合が比較的大きいメンバー編成だった。語学学校は多文化を謳う教育方針ゆえ、各国籍の生徒に自国のことを話す機会が度々与えられるのだが、日本に関する話題はすんなりと終わってしまうことがあった。単純に話題を深掘りできるだけの知識や経験が私を含む日本人メンバーに足りていなかった。今でもアイルランドで出会った彼らとの違いに愕然とする。

私は見た目で判断されたくないと思っているのに、一方中身も伴っていない。このため息が出るような告白に、この文章を読んでいる人たちは共感してくれるだろうか。

しかし、私はこのため息をため息で終わらせたくなかった。

離れてみると見える景色があるというのは本当で、私の場合、日本から離れたところでこそ私の日本人としてのアイデンティティが浮き彫りになるように感じていた。

私はもっともっと自分の新しい一面と出会いたくなった。これは、純粋で単純だからこそ、私の中で一等まばゆく輝く思いだった。


私が今こうしてイギリスの田舎町にてこの文章をしたためているのは、すべてあの日のため息混じりの気付きのおかげである。

私はこれからもたくさんの人と出会い、対話を重ね、理解していきたいと思う。私は人との関わり合いで発見できる新たな自分が好きだ。「見た目」という一面とは違うところで、20数年一緒にいるはずの自分にも新たな一面があるだなんて、今後の人生がさらに楽しみになる。

そして、その過程で生まれた気づきをこのような形で文章化し、多くの人の目に留めてもらえるなら、これ以上ない幸せである。

2023年12月23日

※ エッセイへのご感想やご意見がありましたら STAND UP STUDENTS の公式インスタグラム へ DM でお送りいただくか、匿名でも投稿できるフォームにお送りください。STAND UP STUDENTS では、今後も、学生たちがさまざまな視点で意見や考えを交換し合える場や機会を用意していきます。お気軽にご参加ください。

皐月はなえ
Hanae Satsuki
1999年生まれ。国際文化学科4年。2年間の休学中にアイルランドにて編集者・記者としてインターンを経験。こないだイギリスでの大学留学から帰ってきたばかり。夢は著名な雑誌の編集長になること。

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イラスト:たざきたかなり
https://www.instagram.com/tzzktknaar/

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